ほんとうに”いい音”とは?

Instrumental Column「楽器の”いい音”とは?」第一回  オン・ザ・ラン

「KEF.JP」では音楽愛好家の皆さんに楽しんでいただけるコラムをご用意。オーディオコラム、クラシック音楽のコラムに続き、楽器と音の関係についての新コラム「楽器の”いい音”とは?」をおとどけいたします。

 「一宮に、知る人ぞ知る音にウルサい名物オヤジがいるんです。ぜひ会ってみてください」
 音楽好きの工業デザイナー氏がどうしてもというので向かった先は、楽器の販売・修理のほか、練習用のスタジオ貸しや、各種音楽教室も運営するオン・ザ・ランというお店。代表の田部敏之さんにお話しを聞きました。

 田部さんがギターのメンテナンスに目覚めたのは、二十代半ばの起業前のこと。当時は弾きやすさ重視の設定が信条で、やや天狗になっていたころ、バンド仲間に「音が悪い」と指摘され一念発起、ギターの製作を学びます。
その後起業しますが「エレキギターはアコースティックギターのように鳴るわけではないから、木の鳴りを気にしていませんでした。しかし耳のいいお客さまが一本のストラトキャスターをイメージ通りのサウンドに近づけるため、何度も持ち込まれ、試行錯誤しているうちに、木の鳴り方が大切なことに気づいたんです」という。
 「あらゆるパーツの取り付け方が直接木の鳴り方やレンジの広さに影響していることに気付いたんです。そこで確信したのは、楽器はいい音だけでなく歌わなければ“いい楽器”とは言えない、表情豊かに色っぽく音を奏でられなければ楽器とは言えない、ということでした」
 ギターの調整は、一番きれいに木が振動するバランスを見つけ出す作業だと田部さんは言います。
 「同じモデルでも一本一本、木目の通り方は違います。ほんとうに素性のいい個体はごく僅かでしょう」

 でも工業製品である以上、それは宿命。だからこそ、その個体のいいところを最大限引き出す調整が必要ですし、そのためにプロの手が必要なのです。
 そう言いながら、田部さんは、ネックの裏側の根本やブリッジなど、あちこちのビスをゆっくり丁寧に締め直していきます。すると、窮屈だった音がほぐれて、太い豊かな音色に変わっていきます。
 「新品で送られてくる楽器は完成品ではありませんから、きちんと“楽器”にしてあげるのが私たち楽器店の仕事です。
 ただ残念なことは、一度ベストな状態に合わせても、木製品ですから、季節の移り変わりですぐに崩れてしまいます。都度調整が必要なのです。
 近年の販売形態では、適切なサポートが受けられないため、1~2週間で多くの方が楽器を辞めてしまうんです」
 せっかく楽器に興味を持ちながら、その本当の音色を知らぬばかりに音楽から遠ざかってしまう。なんともったいない話でしょう。
 「クラシックの世界では、その楽器本来の音色や個性を活かすように演奏します。ギターでも同じことで、私たちは、そのギター本来の音色を活かして演奏してほしいんです。
 多くのユーザーの方が、購入時には、良い音を求めていたにもかかわらず、かつての私がしていた様に、演奏性重視の調整をしてしまいます、すると、木の鳴りが薄れ、表現力がなくなるだけでなく、倍音のバランスが崩れ、ギターらしさも薄れます」
 田部さんはわずかの寸法の変更で、倍音を調整するというから、プロの技には畏れ入ります……。
 話は音のデジタル化にも及びました。デジタルが人を変化させているのではないか、と田部さんは感じています。
 「デジタル化で便利を手に入れた反面、現実とのギャップがあるのをすこし感じています。かつて有名アーティストが、電話帳ほど厚みがあった音がデジタル化によって紙一枚になった、と話していたのを今改めて思い出します。
 制作現場の効率化を求めてデジタル機器を多用するからか、音が薄く物足りなさを感じることが多いんです。本来の生演奏は、暑苦しいぐらいパワーがあるはずなんですよ」
 たとえば、リオの子ども達が幼少期から本物のカーニバルの中で育ち、記憶し、やがて本物の音を再現し継承しているように、音を提供する側が、より本物の音を追求していなければいけないのではないでしょうか。
 どうやら、デジタル時代のいまだからこそ心豊かに過ごすために留意すべきは、手間暇を掛けるアナログ感覚と、幼少期の豊かな体験・記憶にありそうです。
 「聴く側もスペック的にきれいな音を“いい音”と思い込み、それがスタンダードになっている。あなたが聴いているもの、それは音楽的に聞こえていますか? と聞きたくなることが最近は多いのです」
 聴き所はあくまでも楽器の音色。それは、生演奏でも音楽再生でも同じで、音色という言葉の色気を意識することで、楽器の弾き方、そして音楽との向き合い方が変わってくるのです。音楽の中に自分がいること、あるいは目の前にバンドがいる。それを感じさせてくれる、きちんとしたスピーカーで聴いて感じて欲しいと田部さんは思っているのです。
 最後に、好きなギタリストを一人だけ挙げてくださいと意地悪な質問をしてみました。
 「うーん……沢山いますので、敢えてひとり挙げるとすれば、末原康志さんですね。グレートフィンガーと呼ばれ、感情表現がうまく、楽器の特徴を活かし歌うように演奏していて、ギター大好き感が凄いんです」

音 THE RUN

愛知県一宮市音羽1-12-19
オン・ザ・ランHP

紹介者:カロッツェリア・カワイ代表 川合辰弥さん

音楽とギター演奏をライフワークにしている工業デザイナー。ビンテージギターを有名店で買うも全く良い音がしないと悩んでいた折、弟が同店で安く買ったフェンダーの音に衝撃を受け、以来、師と仰ぐ。ブランドやビンテージにこだわらず勧められた一本のレスポールを受け入れたときから、ギターが歌うことや、音色という言葉の色気を理解できるようになり、弾き方や音楽との向き合い方が全く変わった。その体験はデザインのインスピレーションの元にもなっているという。
カロッツェリア・カワイHP
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