昔のスピーカー、今のスピーカー。

Audio Column「南イングランドの川辺から」第一回  高津 修

▲KEF創業の地ニッセンハットの工場とレイモンド・クック
           
KEF JAPANオリジナルサイト「KEF.JP」リニューアルからまもなく1周年。もっと多くの方に楽しくお読みいただけるコラムを充実させて参ります。オーディオについて、高津修さんよりおとどけいたします。

 KEFのスピーカーが日本のオーディオファンにひろく知られるようになったのは、モデル104からだったと思う。1973年に誕生したミッドサイズ2ウェイシステム。この製品によって、一躍新しい英国の音を代表するビッグネームにのし上がったのがKEFだ。
 グリルネットを外した姿かたちを見れば、年配の方は思い出されるかもしれない。長円トラック形状のパッシブラジエーターと、なにやら不思議なサーフェストリートメントが施された20㎝径ベクストレンコーンウーファー、そしてPETフィルムダイアフラムをつかった簡素なドームトゥイーター。風変わりなそれらのユニットは、タンノイやワーフェデール、グッドマンなど、居並ぶ伝統的名門ブランド製品とあきらかにちがう新世代スピーカーの顔にほかならなかった。
 もちろん、珍しい面構えのおかげでKEFが名声を得たわけではない。モデル104からは、とてもしなやかにエレガントに洗練されていながらたっぷり重厚なサウンドが、悠然と拡がる。今まで聴いたことがないのに、どこか郷愁を感じるほどそれは気持ちのいい音だった。初対面でいきなり魅せられてしまうような優雅さに、僕らはしびれたのである。
 当時の日本ではちょうど、米JBLのモダンなスピーカーがまさしく日の出の勢いで人気を高めはじめた頃だ。とびぬけて高価でもあったJBL製品の大看板はホーンドライバー。ホームオーディオには過剰とさえ見える物量を投じたそれらが、迷わず朗々ストレートに歌う。若々しいそのエネルギーは、なるほど他を吹き飛ばしそうな説得力をもっていた。いい音とはこういうものだ、Above all others、と胸を張る勢いのアメリカンビューティ。
 そこへちょっと待て、と割り込んできたのがKEF、モデル104の音だった。いい音はひとつにあらず。日本のオーディオファンにとっては、別の世界の再発見だ。いわば資産がちがうので、サウンドエネルギーではもとよりかなわない。ホーンスピーカーに比べたら10dB以上も変換能率が低い(アンプの負担が10倍以上に増える)し、ハイパワーには弱い。でも・・・というわけだった。
 時代をリードする新しい英国の音、モデル104の超越性を決定づけたのは、コンピューターによる厳密な動作解析だとされている。1970年代の前半はコンピューターをつかったスピーカー設計がぼつぼつ実用になりだした時期で、KEFはその最先端を走るトップメーカーだった。40年以上が過ぎたこんにち、コンピューター解析はもうスピーカー設計の一般常識になっており、いちいち実機を試作しなくてもシステムの全容を把握できるそうだ。それにともない、とうぜんながらスピーカーの性能水準は軒並み向上したが、水準が上がったということは、諸々の凹凸がしだいに均され格差が減ってきたことでもあるだろう。技術のグローバル化は、結果として出てくる音の均質化を招かずにおかなかった。かつてKEFが開拓し、まぎれもない名機・モデル104を生み出したコンピューター技術が、皮肉なことにやがて名機の存立を困難にする時代の扉を開いたのである。
 1960年代までのスピーカーは、はじめにドライバーユニットありきで、出来上がったドライバーユニットをあれこれ組み合わせ、試行錯誤しながら適切なエンクロージュアに収容してひとつのシステムにまとめ上げるのがあたりまえな設計手法だった。こんにち、そういう古典的なつくりかたをしたスピーカーシステムは、もうほとんど見あたらない。ドライバーユニットは、システムを構成するさまざまなパーツの一部にすぎなくなった。
▲1973年、コンピューター解析を導入した当時のレイモンド・クック(中央)とエンジニア
ではこの先、名機と呼ばれるようなスピーカーは出現しないのだろうか? 誰にもそれは分からない。なぜなら、意図して名機はつくれない。世の中の評価が決めるものなのだから。確かなのは、オーディオがあるかぎりスピーカーも進歩し続けるということだ。
▲BBCスタジオモニターLS3/5aと、それにも用いられているドライバーB110とT27。このドライバーは1998年まで製造された
  • Pocket
  • LINEで送る