よい音とは?〜ギルバート・ブリッグスとレイモンド・クック

Audio Column「南イングランドの川辺から」第二回  高津 修

▲Raymond Cooke and Gilbert Briggs at Wharfedale 1975(Thanks go to The Cooke Family for sharing these photos.)
           
KEF JAPANオリジナルサイト「KEF.JP」を通じもっと多くの方に楽しくお読みいただけるコラムのコーナー。オーディオについて、高津修さんよりおとどけいたします。

 45/45方式のステレオLPレコードが世界標準の統一規格になって、メジャーレーベルからつぎつぎ発売される1958年よりも前、つまりモノフォニックの時代。ここ日本でいちばん名高い憧れの英国産スピーカーといったら、それはワーフェデールだった。タンノイはまだ知られていなかったし、1961年創業のKEFはもちろん存在していない。
 ワーフェデールの対抗馬には、AXIOM80で有名なグッドマンがあった。けれど、より高級とみなされていたのは、マルチウェイのウーファーやトゥイーター、ミッドレンジドライバー等をずらり取り揃えたワーフェデール製品だったと思う。当時の日本国は第二次大戦に惨敗してひどく貧乏だった。そんな時代にワーフェデールのスピーカーを所有するというのは、オーディオファンにとってたいへんなステータスにほかならなかったのだ。
 ワーフェデール社は1932年、ギルバート・ブリッグスによって設立された。このひとは1890年ヨークシャー生まれ。織物業から転身した音楽好きのビジネスマンで、オーディオ技術に関しては独学派のアマチュアだったらしいが、第二次大戦の特需にも恵まれて会社を見事に急成長させる。スピーカーの設計もみずからこなし、1948年になるとその教科本まで出版するといった天才肌の大物だった。
 1954年以降には、ロンドンのロイヤルフェスティバルホールやニューヨークのカーネギーホールをはじめ、各地の音楽ホールで生演奏と再生音の比較実験デモをつぎつぎ敢行。ワーフェデール・スピーカーの優秀性を自信満々に訴求した。ブリッグスの名声も、とうぜんながら世界にとどろいていく。
 ちょうどその頃、エンジニアとしてワーフェデールに入社してきたのが、後にKEF社を起こすレイモンド・クックである。
▲レイモンド・クック Model103ほかに囲まれて
 クックは1925年生まれ、やはりヨークシャーの出身。十代で海軍に入って航空母艦の無線通信員を務め、大戦後にロンドン大学で電気工学を修めた。卒業後はフィリップスのテレビ生産技術に短期間関わってからBBCに入局。技術開発部門で基礎から無形のノウハウに至るオーディオ技術を体得する。当時、同部門にはLSシリーズ・モニターシステムで名高いD.E.L.ショーターやダドリー・ハーウッドがおり、クックはそれから終生を共にすることになるスピーカーについてじつに多くのことを学んだはずである。
 クックがヨークシャーに戻り、ワーフェデール社のテクニカルマネジャーとして手腕を発揮し始めるのは1956年だ。技術開発にとどまらず、ワンマンで知られたブリッグスの片腕のような要職に就く。本の執筆やビジネス活動まで補佐して、ちょっと意外な才能が開花することになった。
▲LS5/1A(64年).
KEFを興してからLS5/1に改良を加えBBCから再受注。固有の色づけを排し小さいエンクロージャーでクリアーな低音を実現するために、ペーパーコーンでなくプラスチックを用いた
 クックは、技術者の枠を超えて人の上に立つことができる類い稀れな経営者の資質を備えていたのだが、かならずしもブリッグスとウマが合ったわけではないらしい。2011年にKEF:50 Years of Innovation in Soundを書いたケン・ケスラーのラストインタビュー(1994年。レイモンド・クックは病気のため翌年他界した)がネット上に残っている。それによると、「自分がワーフェデール社を去ったのは、もっと多くの科学が適用されないかぎりスピーカーは進歩しないと考えたから。ブリッグスの科学はやや疑わしかった」とクックは語っている。
 いっぽう、ブリッグス(1978年他界)のほうはこう書き遺している。「私は科学者でも数学者でもないので多くは記せない。ただ音楽に魅了されてスピーカーをつくり、新鮮な耳を保つためピアノを弾き続けてきた」
「A pair of WHARFEDALES」by David Briggs © David Briggs 2012
 ちょうど親子くらい世代が違うふたりの発言は、おそろしく興味深いものだ。よい音とはなにか? 僕らはこんにち、それが物理特性一辺倒で解明できることではないと知っているけれど、聴覚頼みばかりでよい音がつくれるわけでもないだろう。
 ブリッグスとクック。好一対の天才技術者は、オーディオの永遠なるテーマを鮮やかに提示して見せたのだ。
▲ Raymond Cooke and Gilbert Briggs Audio Demonstration (Thanks go to The Cooke Family for sharing these photos.)
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